日曜朝のマクドナルド物語(前編「リョウの目撃談」)
2011-03-04


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オッサンは店のスタッフを呼ぼうとするが、何しろ繁忙のピーク時である。誰も呼びかけに応じる気配はない。存外、スタッフの誰もがこの厄介事に巻き込まれたくないというのがホンネなのかもしれない。時の氏神も現れないまま二人の口論が続く。「コーヒーお代わりだけはいつでもしてもろてるんは、みんな知ってることや」「そんなルール、誰が決めたんやッ。どこに書いてるんや。だいいちお前はいったん謝ったんやないか。自分でも悪い思たんやろ。それを何でいまさらぐちゃぐちゃ言いわけするんや」。恐ろしげな風貌のオヤジを前にオッサンは健気に闘っている。見かけによらずオヤジもなかなか口達者で、口論では圧倒している。
 奥の厨房でどんな談合があったのだろう。ようやく二十代半ばの男性スタッフが、カウンターの低いドアを押して登場した。みるからに自信なげな顔つきをしている。そのスタッフをオヤジは勝手に店長と呼んでいたが、リョウが知る限り彼は店長ではない。店長は確か三十前のキリッとした女性の筈だ。彼は談合で不運にも選ばれた犠牲者のようだ。傍らでは娘が今にも泣き出しそうな風情で壁際で固まっている。オッサンの嫁はんらしき人物も不安げにやってきた。役者は揃った。店内の誰もが、見て見ぬふりをしながらこの決着を固唾を呑んで見守っている。
 声のトーンが一オクターブ上がってオヤジの怒りが限界に近づいたかに思えた。これ以上放置すれば口論では済まなくなる気配である。一瞬の沈黙があった。その隙をついてスタッフが割って入り、なんと言ってなだめたのか二人の背中を押すようにして入口ドアの向うに連れだした。彼は店内でのトラブル排除という最低限のミッションを果たした。それにしてもリョウにはどうにも不可解だった。爆発寸前のオヤジがなぜあれほど素直にスタッフに従ったのか・・・。とはいえ外での口論は、音量が一段低くなったとはいえ依然として続いている。一方、店内では男たちのバトルとは裏腹に、二人の女性のほのぼのとした光景があった。娘が嫁はんに詫び、嫁はんは娘を慰めている。そんな風情が見られた。
 顛末はここまでだった。参加している地域のボランティア組織の行事の時間が迫っている。これ以上は席を温められない。リョウは、最終決着を見届けられないまま、後ろ髪を引かれながら席を立った。帰り道、いつものように歩きながら物思いにふけった。目撃したばかりのハプニングが脳裏に焼き付いて離れない。印象的だったのは娘の姿だった。娘のいたたまれない気持ちを思い遣りながら、オヤジの娘への気遣いのない振舞いに度し難い愚かしさを見た。尻切れトンボの結末を勝手に想像しながら、「阪急電車」の作者の気分がオーバーラップした。そうだ!マクドナルドで今見たヒトコマを「物語」にできないだろうか。結末は自分なりの「想い」を込めればよい。自宅玄関のドアを開ける頃、リョウは明日のブログで「日曜朝のマクドナルド物語」という記事をものにしようと決意を固めていた。

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