塩野七生著「ローマ人の物語35」
2009-10-07


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恒例の秋の読書シリーズ「ローマ人の物語」がやってきた。平成14年6月1日の第1巻発行以来、毎年3巻づつ発行され、7年を越えるシリーズである。今年も「最後の努力」を共通タイトルとした35、36、37巻が9月1日に発行された。
 「迷走する帝国」のタイトルで3世紀のローマ帝国の迷走ぶりを描いた前3巻の後を受けた35巻は、284年に就任した皇帝ディオクレティアヌスの「迷走からの脱出」物語である。皇帝ディオクレティアヌスが直面した最大の課題は「安全保障」と「帝国の構造改革」だった。
 安全保障は「敵」への対策である。東のペルシャ帝国、ライン河、ドナウ河の北の防衛線から侵入する蛮族、帝国南辺の北アフリカ一帯の砂漠の民の襲撃への対処が迫られていた。ディオクレティアヌスはこの問題に「二頭政」、更に「四頭政」の導入という形で手中にした帝国皇帝の最高権力を分与することで対処する。広大な帝国を二人の正帝で東方と西方に分担し、更にそれぞれに副帝を配して分割し、合わせて四つのエリアに分担統治したのである。即ち四人の皇帝が軍事面の担当地域を明確にした上で共同して帝国全体の防衛にあたる体制とした。それは帝国が抱える兵力を倍増させる結果を招くことになる。それまでの帝国はローマ街道を駆使して長大な防衛線を必要に応じて融通し合うことで驚くほど少ない兵力で維持していた。縄張りを導入した「四頭政」はこの流動性を断ち切ることになり、結果的に各縄張りごとの兵力増強を招く。「四頭政」導入を境に兵力は30万人から60万人に倍増する。
 次の問題は「帝国の構造改革」である。初代皇帝アウグストゥス以降の帝政は「元首政」と呼ばれ、ディオクレティアヌス帝以降の「絶対君主政」と区別される。混迷の3世紀後半を生きたディオクレティアヌスは、帝国の維持には統治の安定、ひいては皇帝の地位の安定が不可欠と考えた。そのため彼は「ローマ市民中の第一人者」を意味する「元首」から「絶対君主」への転換を目指した。「四頭政」とはあくまでも防衛面の分担であり、帝国全体の政治は四頭の第一人者たるディオクレティアヌスに決定権があった。何よりも彼はローマ帝国を四分割する考えは全くなかったのである。とはいえ「四頭政」はそれぞれの防衛線に容易に駆けつけられる地に四つの首都が設けられ、それぞれに増強された軍団と統治機構が配されることになる。こうした兵力と官僚機構の肥大化を賄うものは税制改革という名の増税でしかない。地租税と人頭税という直接税主体の重税が課せられることになる。ディオクレティアヌスは軍事力増強によって蛮族の侵入をくい止めるのに成功した。ところが農民たちは蛮族から逃げる代わりに税金から逃げる必要が出てきたのだ。帝国崩壊に至る構造的な矛盾がひたひたと迫っているようだ。
 高校時代の世界史でローマ帝国が東西に分割され、西ローマ帝国の滅亡により古代ローマが最終的に消滅したことを学んだ。ところが消滅の第一歩となった東西分割の経緯は記憶にない。35巻はその予兆としての四頭政を詳述し、紀元305年のディオクレティアヌス帝退位の年で巻末を迎えた。紀元476年の西ローマ帝国滅亡による物語の終末まで残り171年である。
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